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高松高等裁判所 昭和45年(ネ)251号 判決

控訴人兼設帯被控訴人

朝日金網株式会社

控訴人兼附帯被控訴人

井上尚

右両名代理人

近石動

被控訴人兼附帯控訴人

内海一美

右代理人

近藤勝

主文

1  原判決主文第一項を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)らは被控訴人(附帯控訴人)に対し、各金九万八、四六四円およびこれに対する昭和四二年一二月一〇日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求(当審での新請求を除く)を棄却する。

2  控訴人(附帯被控訴人)らは被控訴人(附帯控訴人)に対し、各金四〇万円およびこれに対する昭和四二年一二月一〇日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

3  被控訴人(附帯控訴人)のその余の当審での請求拡張部分(新請求)を棄却する。

4  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を控訴人(附帯被控訴人)らの連帯負担とし、その余を被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

5  被控訴人(附帯控訴人)において各控訴人(附帯被控訴人)に対しそれぞれ金一〇万円の担保を供するときは、本判決中金員の支払いを命じた部分につき仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

一当裁判所は、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求(当審での新請求を除く)は各金九万八、四六四円およびこれに対する昭和四二年一二月一〇日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当であり、また、当審での請求拡張部分(新請求)は各金四〇万円およびこれに対する昭和四二年一二月一〇日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余は失当と判断するものであつて、その理由の詳細は、左のとおり付加訂正するほかは、原判決理由中の説示と同一であるから、それをここに引用する。

(一)  本件事故に対する双方の過失の寄与率について。

原判決一六枚目表九行目の「永江の過失は六割」を「永江の過失は七割」と訂正する。

(二)  永江の逸失利益について。

永江が本件事故によつて死亡した当時六四才の男子であつたこと、統計上六四才の男子の平均就労可能年数が6.2年であることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、永江はかねてより大工の職にあつたものであるが、近時大工などの職人は漸次その平均年令が高くなり、七〇才位の大工も現に就労しているような状態にあること、永江は本件事故当時きわめて健康であつて仕事を休むようなこともほとんどなく、壮年者と見誤られるほど元気に働いていたことがそれぞれ認められるのであつて、以上の諸点を総合して考えれば、永江の死亡当時の大工としての稼動可能年数は少くとも六年は下らないものと認定するのが相当である。しかるところ、右当時における永江の純収入は月五万円と認められるから(その理由は原判決理由のとおり)、同人の死亡日から稼働可能年数六年間の収入の合計額は金三六〇万円、ホフマン式(年ごと式)計算法によつて民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除したその現価は金三〇八万一六〇円(円未満切捨)であり、永江は本件事故により右同額の得べかりし利益を喪失したものといわなければならない。

(三)  被控訴人の受傷による慰藉料について。

原判決一九枚目裏一〇行目の「右認定の事情」の次に「永江の過失の程度」を加え、同一二行目の「五〇万円」を「三〇万円」と訂正する。

(四)  過失相殺について。

本件事故によつて永江の喪失した得べかりし利益の現価が金三〇八万一六〇円であることは前記認定のとおりであるから、控訴人らが同人に対して負担した損害賠償義務の額は、同人の過失を斟酌して、右金額よりその寄与率七割を乗じた金額を控除した額九二万四、〇四八円と算定するのが相当である。

しかるところ控訴人らは、被控訴人みずから本件事故によつて被つた損害の額の算定に際しても、永江の前記過失を斟酌すべきものと主張するので、以下この点について考えるに、右損害額の算定について永江の過失を斟酌することは、被害者本人以外の者の過失を斟酌することとならざるをえないけれども、民法七二二条二項に定める被害者の過失とは単に被害者本人の過失のみでなく、ひろく被害者側の過失をも包含する趣旨であり、かつ、右にいう被害者側の過失とは、被害者本人と身分上ないし生活関係上一体をなすとみられるような関係にある者の過失をいうものと解せられるから(最高裁判所昭和四〇年(オ)第一〇五六号、同四二年六月二七日第三小法廷判決、民集二一巻六号一五〇七頁参照)、被控訴人と永江との間に身分上ないし生活関係上一体をなすとみられるような関係が存在するかぎり、前記損害の額の算定について永江の過失を斟酌することはなんら差し支えがないといわなければならない。しかして、右にいわゆる「身分上ないし生活関係上一体をなすとみられる関係」が認められるためには、必ずしも、幼児とその監督者である父母などのごとく被害者と第三者とが同一の家族共同体に属していたり、また、経済的基盤を共通にしたりすることを要するものではないのであつて、そのような関係にない被害者と第三者との間においても、第三者の過失によつて生じた損害を加害者よりはむしろ被害者の負担に帰せしめるのが公平と認められるような具体的な事情もしくは関係が両者の間に存在するような場合には、右の一体関係ありと認めるのが相当というべきである。けだし、民法七二二条二項が、損害賠償の額を定めるにあたつて被害者の過失を斟酌することができる旨を定めたのは、発生した損害を加害者と被害者との間において公平に分担させるという公平の理念に基づくものにほかならないからである。

そこで、右のような観点から、本件の場合前記永江と被控訴人との間に右のような一体関係が認められるかどうかについて考えてみるに、原審での被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人は永江の長男であるが(他に子はいない)本件事故当時すでに二五才に達し、約二年前に結婚した妻房枝および同女との間に生まれた二児とともに香川県仲多度郡満濃町にある妻の実家の一部を間借りして、丸亀市内に独り居住する父永江と別居しそれぞれ世帯を別にしていたこと、被控訴人はとび職、永江は大工の職にあり、仕事の上で両者はたがいに交渉はなかつたけれども、不断からしばしば往き来をする間柄であつて、本件事故も、丸亀市内の永江方に被控訴人の妻が置き忘れてきた物を永江が被控訴人宅へ届けてやつた際、たまたま丸亀市方面へ赴く用件のあつた被控訴人に頼まれて本件二輪車の荷台に同乗させ、自宅へ帰る途中に発生したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。しかして、右のごとき事実関係からすると、なるほど被控訴人と永江とは同一の家族共同体に属するものとはいえず、また、経済的基盤を、共通にするものとも認めることはできないけれども、他方、永江と被控訴人とが親子の関係にあり、しかも、本件事故が、被控訴人より永江に頼んで本件二輪車の荷台に同乗させてもらい、自己の用件のため丸亀市方面へ赴く途中に生じたものであるところからすれば、被控訴人の被つた損害のうち永江の過失に帰因する部分は、控訴人らよりはむしろ被控訴人自身の負担に帰せしめるのが公平と認められることもこれを否定することができないのである。そうだとすると、前説示のとおり、永江と被控訴人との間には「身分上もしくは生活関係上一体をなすとみられるような関係」が存在し、したがつて、永江の過失は被害者側の過失にあたるものと認めて、被控訴人の被つた損害の額の算定に際してもこれを斟酌するのが相当であるといわなければならない。

しかるところ、被控訴人は、本件事故により金二三万六、五五三円の得べかりし利益を喪失し、永江の葬式費用、墓碑建設費、仏壇仏具購入費として合計二一万五、〇〇〇円を支出したものと認められるから(その理由は原判決理由中の説示のとおりである。ただし、原判決二〇枚目裏一二行目の「金六万円」を「金五万円」と訂正する。)、控訴人らが被控訴人に賠償すべき被控訴人固有の財産的損害の額は、永江の前記過失を斟酌して、右金額からその寄与率七割を乗じた額を控除して逸失利益の額は金七〇、九六五円、葬式費用等の額は六四、五〇〇円と算定するのが相当である。

(五)  永江の死亡による慰藉料について。

本件事故のため、被控訴人の父永江が頭蓋骨々折、頭蓋内出血等の重傷を負い、事故の三日後である昭和四二年六月一四日国立善通寺病院において死亡するにいたつたことは当事者間に争いのないところ、本件事故の態様、被害の程度、控訴人および永江の過失の割合その他一切の事情を考慮すれば、右事故によつて永江の被つた精神的損害を慰藉すべき慰藉料の額は金六〇万円と認めるのが相当である。さらに、被控訴人が右永江の唯一人の子であることは当事者間に争いのないところ、本件事故によつて父永江を失つたことによつて被控訴人が多大の精神的苦痛を受けたことは明らかであつて、永江の前記過失、年令その他諸般の事情を斟酌すれば、その慰藉料の額は金四〇万円と認定するのが妥当である。

(六)  被控訴人が相続によつて取得した本件事故による損害賠償請求権の額について。

永江の相続人が妻である内海ツヤ子(一審原告)および唯一人の子である被控訴人のみであつて他に相続人が存在しないことは控訴人らの争わないところであるから、被控訴人は永江の死亡に伴い、前記九二万四、〇四八円(逸失利益)の三分の二に当る金六一万六、〇三二円の賠償請求権ならびに右慰藉料六〇万円の三分の二に当る金四〇万円の慰藉料請求権を相続によつて取得したこととなる(慰藉料請求権もまた、財産的損害の賠償請求権と同様、当然に相続の対象となるものと解する。)。

(七)  損害の一部填補について。

永江の死亡に伴い、自動車損害賠償保障法にもとづく保険金として被控訴人が金一〇〇万円を受領したことは被控訴人の自認するところであり、〈証拠〉によれば、右保険金は、永江の死亡によつて被控訴人自身が被つた精神的損害を賠償すべき慰藉料、葬祭費ならびに永江の死亡による逸失利益の賠償に充当さるべきものとして給付されたものであることが認められるから、前認定の慰藉料四〇万円(一の(五)の後段)、葬式費用等六四、五〇〇円(一の(四))はいずれも右保険金によつて填補され、逸失利益六一万六、〇三二円(一の(六))も内金五三万五、〇〇〇円(一〇〇万円より右四〇万円および六四、五〇〇円を控除した金額)はすでに填補され、残額八〇、五三二円のみが現に賠償さるべき永江の死亡による逸失利益の額である。また、被控訴人みずからが本件事故によつて受傷したことにもとづき控訴人らに対して取得した財産的損害のうち得べかり利益の喪失による損害が七〇、九六五円(一の(四))、慰藉料の額が三〇万円(一の(三))であることは前記のとおりであるが、被控訴人が右受傷にもとづく休業補償費ならびに慰藉料として、自動車損害賠償保障法にもとづく保険金二七万三、七〇〇円を受領していることは当事者間に争いがないから、右の合計額からこれを控除した九七、二六五円が現に賠償さるべき損害の額である。

(八)  相殺の抗弁について。

そこで次に、控訴人らの相殺の抗弁について考えるに、債務が不法行為によつて生じたときには、その債務者が相殺をもつて債権者に対抗することができないことは民法五〇九条の明定するところであるから、不法行為であることの明らかな本件事故によつて生じた被控訴人の損害賠償請求権を受働債権とする相殺の抗弁は、その主張自体において失当であるかのごとくみえないわけではない。しかしながら、ひるがえつて考えてみるに、本件の場合のごとく、同一の衝突事故から双方に生じた損害賠償請求権相互の間においてまで右法条を適用して相殺を禁止すべき合理的理由が存在すると言いうるか、きわめて疑問であるといわざるをえない。すなわち、民法五〇九条は、不法行為の被害者をして現実の弁済により損害の填補を受けしめるとともに、不法行為の誘発を防止することを目的とする規定であるが、双方の過失による自動車の衝突の場合のように、同一の事故にもとづいて同時に、しかも双方相互に損害賠償請求権が生じたときには、現実の弁済によつて損害を填補すべきことを要請される全く同じ性質の債務(その点では、一方が財産的損害の賠償債務、他方が精神的損害の賠償債務であつてもなんら異なるところはない)が同時かつ相互に発生したことになるわけであるから、現実の弁済による損害の填補の要請を理由にこれらの債務相互間の相殺を禁止することは無意味であり場合により不公平でもあるといわざるをえず、また、これを許しても、不法行為が誘発されるというような弊害が生ずる虞れは全くないといわなければならないのである。そうだとすると、右のような場合においては民法五〇九条の適用はなく、一方の損害賠償債権をもつて他方の損害賠償債権と相殺することはなんら差し支えがないと解するのが相当である。

そこで、右相殺の抗弁の当否について検討するに、〈証拠〉によると、本件衝突事故の結果、控訴人井上の運転していた控訴会社所有の乗用車が修理不能なまでに大破したこと、そのため、控訴会社が控訴人ら主張のごとく金一七万円の損失を被つたことがそれぞれ認められる。しかして、右事故の発生について永江の過失が七割の率で寄与していることは前記のとおりであるから、永江は控訴会社に対し、右金額から控訴人井上の過失の寄与率三割を乗じて得た金額を控訴した(控訴人井上は控訴会社の被用者であるから、右損害額の算定に際してその過失を斟酌しうることはいうまでもない)金一一万九、〇〇〇円の賠償債務を負担したものというべく、右債務は永江の死亡により、被控訴人にその相続分(三分の二)に応じて相続されたものといわなければならない。したがつて、控訴会社は被控訴人に対し、本件事故にもとづく損害賠償債権金七万九、三三三円(円未満切捨)を取得したものというべきところ、控訴代理人が本訴において、昭和四五年六月二三日付の準備書面により被控訴人に対し、右債権をもつて本訴請求の損害賠償債権(ただし、当審での請求拡張部分を除く)と対当額で相殺する旨の意思表示をなし、右書面がそのころ被控訴人に到達したことは記録上明らかなところであるから、本訴債権中当審での請求拡張部分を除く金一七万七、七九七円(前記一の(七)の残額の合計額)はその限度において本件事故当時に遡つて消滅するにいたつたものであつて、その残額は九万八、四六四円であるといわなければならない。

二以上のとおりであるとすると、被控訴人の本訴請求(当審での新請求を除く)は各金九万八、四六四円およびこれに対する本件事故の日より後であることの明らかな昭和四二年一二月一〇日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当であるが、その余は失当であり、また、被控訴人の当審での請求拡張部分(新請求)は金各四〇万円およびこれに対する右昭和四二年一二月一〇日以降完済まで右同率の遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余は理由がない。よつて、控訴人らの控訴ならびに被控訴人の附帯控訴にもとづいて、右と異なる原判決をその限度で変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。(橘盛行 今中道信 藤原弘道)

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